小林敏明教授の「ライプツィヒの街から 78 ヴィム・ヴェンダース『Perfect Days』

こんばんわ!モンです

 

ドイツの小林教授からレポが届きました

 

今年の カンヌ映画祭で 役所広司さんが俳優賞を受賞した事でも

話題になった ヴィム・ベンダース最新作の話し・・・

 

教授も映画に絡んでる???

 

それでは教授本日もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 一人の寡黙な男がひたすら東京の公衆トイレを掃除している。もっぱらそれが彼の望んだ天職であるかのように。男は毎日何の変哲もない神社の境内に腰を下ろして昼食をとり、そこに立つ一本の木の梢を写真に撮りつづける。そして仕事が終われば、地下街の行きつけの立ち飲みに寄り、家の近くの銭湯で汗を流す。その淡々として規則正しい毎日の繰り返し、まさに「Perfect Days」である。(ネタバレになるのでここではストーリーについては触れません。)

 

 演じるのは今や日本では希少価値となった俳優らしい俳優役所広司、メガフォンを取ったのは、あの『パリ・テキサス』や『ベルリン天使の詩』で知られるドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース。全編にロードムービー風に東京の光景が映し出され、そのバックにはアニマルスの『朝日の当たる家』などノスタルジックな曲が流れる、しかもCDではなくカセット・テープから。いかにもヴェンダースらしい映画です。

 

 あっさり言ってしまうと、この映画はトイレと俳優役所広司の二つのモチーフだけで出来上がっている映画です。中に入って施錠すると透明な壁が一瞬に変わって中が見えなくなるトイレをはじめ、おしゃれなデザインのトイレが細部にわたって映し出されるのですが、じじつ日本に行ってトイレに「感動」する外国人は少なくありません。僕の周囲でもあのウォッシュレットのような装置を誉める声をよく耳にします。この映画にはその「非日本人」の素朴な感動がストレートに表現されています。こういうものが当たり前と思っている当の日本人は気づかないかもしれませんが、これも外国から見た「日本人観」の一つですね。日本の名物は寿司や温泉ばかりではありません。

 

 もう一つのテーマは役所広司という俳優です。彼のヨーロッパでの知名度はおそらく日本以上でしょう。カンヌやベルリンなど国際映画祭の常連ですから、ヴェンダースがこの俳優に目を付けたのも不思議ではありません。彼はどんな役でもこなせますが、やはりその魅力は影を持った寡黙な役どころを演じたときに一番発揮されるように思います。とくに僕にはどの役もシャイに演じて見せるところが魅力的ですね。その点ではかつての高倉健の美学を引き継いでいますが、健サンとの違いは、顔の表情だけで微妙な演技ができる点です。この点では同じく戦後の名優緒形拳の系列をも引き継いでいます。ヴェンダースはおそらくその才能に気づいていました。

 

 だから、この映画は一応「ドイツ映画」であるにもかかわらず、ドイツ語は一言も出てきません。全編すべて日本語です。といってもセリフは極端に切り詰められ、主人公の無言の表情が中心となり、日本語を理解しない観客もそれを頼りに物語を追うという形になります。その意味で俳優の「顔技」が決定的になります。役所広司という人はそういう難しい役を演じられる数少ない俳優の一人でしょう。今や日本が世界に誇れる名優の一人と言っても過言ではないと思います。

 

 ついでに言っておくと、日本映画は戦後しばらくの間国際的にも名声を博し、黒澤明、小津安二郎、大島渚などの「巨匠」と呼ばれるような監督を排出しましたが、ここ数十年、その衰退ぶりは目を覆うばかりで、ヨーロッパの映画市場を見ている限り、アニメの宮崎駿という特例を除けば、わずかに是枝裕和だけが孤軍奮闘しているという印象です。あっさり言ってしまうなら、是枝監督が役所広司を主演にして映画を一本作れば、それが現在の日本映画のトップの水準ということです。勘のいいヴェンダースはそれを横取りしたわけです。

 

 さて、ではなぜ今回この映画を取り上げたのか。お待たせ、ここからがやっと本題です。

 

 この映画はドイツでは今年11月29日の封切りが予告されています(ちなみに日本では1か月遅れの12月22日)。そのために目下ドイツの観客向けのヴァージョンが作られている最中です。極端に少ないとはいえ、日本語のセリフにはドイツ語のスーパーを付ける必要があります。それを請け負うベルリンの会社から、まず僕の前妻の方に問い合わせがあり、そこからさらに僕の方に問い合わせがあったのです。

 

 一応英語のスーパーはできていて、それをもとにドイツ語版を作っているらしいのですが、英語版の方にところどころ訳されていないセリフがいくつかあり、ドイツ語版ではそれを少しでも埋めようということのようです。僕への問い合わせ個所は次のような場面でした。

 

 主人公が仕事を終えて、いつも顔を出す立ち飲み屋のシーン、彼が座るカウンターの奥にテレビが掛かっていて、野球中継をしています。二人の男がそれを観ながら賭けでもしているのか言い争っていて、「黒い」とか「まぶしい」「あんなもの」とか言っています。野球の知識を持たないたいていのドイツ人には何のことやらわからないのは当然です。これは、デイゲームでバッターが反射除けのために目の下に塗るアイブラックのことでした。いくら翻訳のプロでも、野球など観たこともなければ、これは意味不明です。

 

 もう一つは主人公が銭湯の脱衣場でぼんやりと眺めているテレビの相撲中継。行事が何とか言っているけれど、これをどう訳したらよいか、というのがもう一つの問い合わせ。問題の言葉は「手をついて」と「ハッケヨイ」。ドイツ語にもこれに似た一連の言葉があります。「Auf die Plätze, fertig, los」というのがそれですが、これは百メートルのスタートのときなどに使われる言葉で、日本語の「位置について、用意、ドン」とほぼ同じです。これをそのまま利用すれば、一応通じるのですが、日本では「手をついて、ハッケヨイ」と「位置について、用意、ドン」を一緒にする人はいません。雰囲気がまるで変る感じ、力士が土俵の外へ飛んで行ってしまいそうです。

 

 それにそもそも「ハッケヨイ」って、どういう意味なんでしょうね。ネット検索をしてみると諸説紛々のようですが、僕の推理では、これは易の言葉「八卦」に由来しているという説が有力と思います。相撲は「勧進相撲」という言葉も残っているように、昔は「神事」としておこなわれていました。例えば横綱の前まわしについたしめ縄がその名残の一つです。だから行事ももとはと言えば、神主のような人が担当し(装束もそれっぽい)、その際にいろいろ儀式用の言葉が使われていたのでしょう。「ハッケヨイ」は「八卦が良い」、「さあ、八卦はすべて整った、勝負!」というような感じじゃなかったんですかね。古くから吉凶を占う陰陽師などという中国由来の職業もあったそうですから、それを通して易が使われたということも十分に考えられます。もちろん、これは僕の個人的な想像にすぎませんが、当たらずとも遠からずというところでしょう。

 

 問題はこれのドイツ語をどうするかです。既成の慣用句を利用して「fertig, los」とやれば、事実上の意味は通じるのですが、なんとなく雰囲気が出ません。そこで、どうせ場面からしてだれもが意味を想像できるだろうから、そのまま「Hakkeyoi」とオリジナルの言葉を音訳したらというのが僕の提案でした。その方が相撲らしい雰囲気も出るような気がするし。翻訳というのは、ただ意味が通じればいいというものではありませんからねえ。つげ義春の「からたあちのはっああなあ」と同じですよ(cf. 68)。まあ、僕の提案が採用になるかどうかは封切りになったときにわかるでしょう。

 

予告編 は コチラから

 

 

 

 

 

 

教授本日もありがとうございました。

 

ドイツ版字幕スーパー採用されるとよいですね

 

しかしドイツでの野球の認知度って知識を持たないってレベルなんですね

 

今ドイツの人気スポーツを検索したら

サッカーは勿論ですがハンドボールって出て来ましたけど

日本人がハンドボールの事をあまり知らないって感じと同じと思えば納得です

 

教授またのレポートお待ちいたしております

ありがとうございました。