こんばんわ!モンです
野暮用でブログ滞っております・・・
そんなピンチを救うべく(業を煮やして?)
ドイツの小林教授が救いの手を
教授ありがとうございます!
小林教授のドイツレポート
スタートです
89 つまづきの石
つい先日私の家の向かいの歩道にこんなものが立ちました。
よく見ると、パウル・ツェランの有名な「死のフーガ」という詩がびっしり書き込まれています。ドイツ語ではなんですから、ここでは日本語訳を載せておきます。ちょっと長い詩ですが、我慢して目を通してみてください。面倒な人は飛ばしてもらってもいいですよ。
死のフーガ
あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む
僕らはそれを昼に朝に飲む僕らはそれを夜中に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
僕らは宙に掘るそこなら寝るのに狭くない
一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星がまた星が輝いている
彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる
彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人どもを呼び出す地面に墓を掘らせる
彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ
あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を朝に昼に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む蛇どもをもてあそぶその男は書く
その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに狭くない
男はどなるもっと深くシャベルを掘れこっちの奴らそっちの奴ら
歌え伴奏しろ
男はベルトの拳銃をつかむそれを振りまわす男の眼は青い
もっと深くシャベルを入れろこっちの奴らそっちの奴らっもっと奏でろ
ダンスの曲だ
あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に朝に飲む僕らはお前を夕方に飲む
僕らは飲むそしてまた飲む
一人の男が家に住む君の金色の髪のマルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート男は蛇どもをもてあそぶ
彼はどなるもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手
彼はどなるもっと暗鬱にヴァイオリンを奏でろそうしたらお前らは
煙となって空に立ち昇る
そうしたらお前らは雲の中に墓を持てるそこなら寝るのに狭くない
あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
僕らはお前を昼に飲む死はドイツから来た名手
僕らはお前を夕方に朝に飲む僕らは飲むそしてまた飲む
死はドイツから来た名手彼の眼は青い
彼は鉛の弾丸(たま)を君に命中させる彼は君に狙いたがわず命中させる
一人の男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ
彼は自分の犬を僕らにけしかける彼は僕らに空中の墓を贈る
彼は蛇どもをもてあそぶそして夢想にふける死はドイツから来た名手
君の金色の髪マルガレーテ
君の灰色の髪ズラミート
(飯吉光夫編・訳『パウル・ツェラン詩文集』)
これはナチスの収容所の看守とその囚人の対比的な境遇を畳み込むようなフーガの技法で表現した詩です。ドイツから来た看守が夜になるとドイツにいる恋人マルガレーテに手紙を書いている一方で、毎日「黒いミルク」を飲まされ死におびえる囚人の私は旧約聖書の中に出てくるユダヤ人の理想の女性ズラミートに思いをはせている。もちろんこの私はルーマニア周辺のあちこちの収容所をたらいまわしにされたツェラン自身のことです。彼は戦争を生き延びて、フランスに亡命し、そこでドイツ語の詩を書いて有名になるのですが、悲しいかな1970年にセーヌ川に投身自殺をしてしまいます。ワルター・ベンヤミンやプリーモ・レヴィの悲劇とも重なりますね。
問題はこの有名な詩碑がつい先日ライプツィヒの街角に建てられたということです。どうして今頃こんなことがおこなわれたのか。それは最近の風潮とも無関係ではないでしょう。ここ数年コロナ禍とウクライナ戦争と難民の流入を契機に、ドイツではナチの言説を復活させる動きが活発化し、それが東側に蓄積する不満と結びついて、今や避けがたい大きな潮流を形成するに至っています。詩碑は人々に改めて過去のナチの残虐を思い出させ、そうした風潮に警告を発しようとするものでしょう。
詩碑の足元の盤は、かつてこのあたりにティクティーナというシナゴークがあったことを告げています。こういう警告としての過去の記憶、いかにもドイツ的ですね。
そういうおぞましい過去の記憶=記録という意味では、1992年にベルリンの芸術家グンター・デムニックが始めたStolpersteineというのが有名です。文字通りには「つまづきの石」という意味ですが、これは歩道の敷石の間にナチの犠牲となったユダヤ人の名を彫り付けた正方形の真鍮をはめ込んだものです。
大抵はその犠牲者がかつて住んでいたところとか、その人ゆかりの場所に埋め込まれていて道行く人々に喚起を促すものですが、このアクションはあっという間にドイツ全土に広がり、わがライプツィヒでは2006年から年々数十個が埋められ、現在では街中の数は847個になっています。
しかし、です。私の今の悲しみは、もう一つ別のところにあります。それはあれだけの残虐を経験したユダヤ人の後継たちが今やパレスティナの人々に向けて残虐な行為を繰り返しているということです。なんとも言いようのない歴史の逆説ですね。この逆説を前にして、あれだけ鋭くナチ批判をしてきたドイツの知識人やリベラル政党は、私の見る限り、ずいぶんと歯切れの悪い言説を繰り返して、ずるずると後退を迫られているように見えます。ナチの犠牲となったユダヤ人とウルトラ・シオニズムを掲げてパレスティナに侵攻するユダヤ人をすっきりと区別できないからです。このあたりの心境、日本でも朝鮮半島に対して歴史的負い目を感じるリベラルや左翼の人たちが北朝鮮に対して持つアンビバレントな感情と近いかもしれません。
日本の不思議ついでにもう一つ不思議を言っておくと、あれだけ声高に嫌韓を叫ぶ連中が韓国由来の統一教会に熱狂的に支持された日本の政治家たちを熱心に担いでいることです。なんでしょうね、これ?新しい首相も他人事ではありませんよ。
教授有難うございました
いつもにもまして、考えさせられる内容でした
自国主義は世界的な嫌な風潮ですね
世界各地での戦争のニュースを聞くとこれは
現代の新たな世界大戦なのではないかと思いますがどうでしょうか?
つまずきの石
平和の願いはいつもストリートから
グンター・デムニックさん
素晴らしいです
教授!
滞り気味のもんブログ救っていただき
本日も有難うございました
PEACE

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